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福岡高等裁判所 昭和52年(ラ)41号 決定 1977年10月12日

抗告人

株式会社九大技建

(旧商号株式会社稲田組)

右代表者

稲田富士年

右代理人

三角秀一

建部明

相手方

富士岩電機株式会社

外七名

右相手方ら代理人

原口酉男

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は、主位的に、「原決定を取消す。本件を福岡地方裁判所に差戻す。本件申立及び抗告に関する費用は相手方らの負担とする。」との決定を、予備的に、「原決定を取消す。相手方らの破産申立を棄却する。本件申立及び抗告に関する費用は相手方らの負担とする。」との決定を求め、その理由は別紙記載のとおりである。

よつて按ずるに、一件記録によれば左の一ないし八の事実が認められる。即ち、

一抗告人は大牟田市に本店を有し、総合建設業等を目的とする。資本金三〇〇〇万円の株式会社であるが、昭和五〇年二月二七日頃、福井県福井市花月二丁目九番一四号財団法人東尋坊福祉事業団を注文者とし、総工事代金一二億七〇〇〇万円にて、別紙物件目録(一)3記載の建物(以下「由布ライト」という)を同事業団所有の別紙物件目録(一)1、2の土地上に建築する旨の請負契約を締結し、直ちに着工したところ、同事業団は第一回の請負工事代金五億円の履行期である昭和五〇年八月三一日を徒過し、現在に至るまで全く代金の支払をしないため、抗告人は下請業者に対する代金支払に窮し、大手取引銀行及び下請業者から若干の支払猶予を得ながら、未完成の由布ライトの買受人の物色交渉に奔走したが、売買交渉は意の如く進展せず、資金に窮し、昭和五一年四月二五日第一回の手形不渡り(手形金合計約一億〇七四〇万円)を、同年五月二五日第二回の手形不渡り(手形金合計約一億〇三〇〇万円)を発生させ、同月二八日大牟田手形交換所から銀行取引停止処分を受け、右処分は現在なお継続中である。

二そこで、抗告人の債権者のうち、富士電機家電九州株式会社と本件相手方富士岩電機株式会社外七名は各別に福岡地方裁判所大牟田支部に対し抗告人の破産宣告申立て、前者は同裁判所昭和五一年(フ)第一号として、後者は同第二号として係属したところ、同裁判所は、右両事件を併合することなく、前者につき、昭和五一年九月一日抗告人を破産者とする旨宣告したが、之に対し抗告人は即時抗告を申立て、福岡高等裁判所は昭和五二年三月二九日破産申立債権者である富士電機家電九州株式会社は申立前有効な弁済を受けており抗告人に対する債権を失つていたという理由から、原決定は破産申立の資格のないもののした不適法な申立であるとして、原決定を取消した上右破産申立を却下した。

三福岡地方裁判所大牟田支部は、同支部昭和五一年(フ)第一号についての福岡高等裁判所の前項決定を知るや、昭和五二年四月一日、事件受理後、右(フ)第一号事件の抗告結果待ちにて手続の進行を見合わせていた前記同支部(フ)第二号事件について、抗告人代表者等に対する適式な審訊手続を経た後、同月二日再度抗告人を破産者とする旨の本件決定をしたが、本件相手方富士岩電機株式会社外七名の債権者から申立てられた破産宣告申立書は、申立があつた昭和五一年八月三〇日から破産宣告決定の日までの間、被申立人である抗告人に送達された事実はない(尤も、抗告人が本件破産申立の事実を既に知つていたことは別件同支部(フ)第一号事件において抗告人自身明言しているところから明らかである)。

四一方、由布ライトの施主である財団法人東尋坊福祉事業団はその敷地を神戸市の青山大志から買受け、青山に対し公正証書による金二億二五〇〇万円の代金支払債務を負担していたものであるところ、右債務の履行を怠つたため、青山大志は由布ライトにつき強制競売手続を申立て、大分地方裁判所は、昭和五〇年一一月一七日、由布ライトが未完成の未登記建物であつたところから、職権をもつて財団法人東尋坊福祉事業団の所有名義に保存登記の嘱託手続を経た上(右嘱託手続は、同事業団の破産会社に対する工事代金債務につき公正証書による準消費貸借契約がなされたことに基づき、所有権が同事業団に存することを前提としたものであると推測されるが、そうとすれば、右前提自体必ずしも論理一貫しておらず、その適否には疑問点が多い。)、強制競売開始決定をなし、青山大志外数名の債権者のため之を差押え、現に競売手続が進行中である。

併し乍ら、本件破産管財人は、由布ライトの所有権は施主である同事業団ではなく工事請負人である抗告人にある旨主張して、大分地方裁判所に対し第三者異議訴訟を提起し、同訴訟も現に係属中である(尤も執行停止は、同裁判所から内示があつた保証金三〇〇〇万円の調整不能のためなされていない)。

五ところで、抗告人の現在の資産状況をみるに、

(イ)  有体動産としては、営業用中古自動車十数台があるのみである(別件福岡地方裁判所大牟田支部昭和五一年(フ)第一号事件の破産宣告決定が、前記のとおり、昭和五二年三月二九日福岡高等裁判所から取消されるまでは、外に相当額の機械、什器、備品等の有体動産が抗告人の所有物件として封印執行されていたが、右取消により封印が一旦解除された後、本件破産宣告決定による再度の封印に際しては、自動車以外の有体動産は、全て、抗告人代表者稲田富士年の手により、同人が別件(フ)第一号事件の破産宣告後設立した、株式会社日大技建ないし有限会社稲田組等抗告人以外の所有又は占有に移されており、封印執行できなかつた)。

(ロ)  債権としては、別件(フ)第一号事件における福岡高等裁判所の取消決定の理由中にみられるとおり、抗告人は申立外富士電機家電九州株式会社に対し、いわゆる菊池スカイラインホテルの売却残代金四九五一万円の債権(同申立外会社が同ホテルを他に転売することの条件付)を有する。

(ハ)  右(イ)、(ロ)以外には、由布ライトが抗告人の唯一の財産であるところ、右建物は、昭和五一年九月一日の別件破産宣告により抗告人の手を離れた時点において約八割方完成しており、右建物のみの競売評価額は、昭和五二年四月二二日現在金七億円前後であるが、その換価については、当初の建設目的であつた有料老人ホーム以外では、例えば、ホテル、保養所等に転用するとしても、前者にあつては都市計画法による用途上の制限から許可がおりず、後者にあつては高さ制限による不許可のおそれがある等難点が多い上、未完成建物であること、更に加うるに仮に誤つてなされたにせよ、登記薄上所有名義人は財産法人東尋坊福祉事業団とされており、抗告人名義でないところから、即時換金は至難な状況にある(尤も、破産管財人又は抗告人代表者稲田富士年と東尋坊及び青山大志の間において、由布ライトの名義変更及び競売申立取下等の折衝が重ねられてはいるが、その折衝進捗のためには、由布ライトの売却金の中から、青山及び東尋坊に対し由布ライトの敷地代金相当額等として合計金三億円程度の支払をすることが必要である。なお、右の折衝が進捗した暁には、元青山の所有であり、現に東尋坊の所有である由布ライトの敷地は、抗告人の所有と帰するであろうが、現段階において右敷地の価額を評価すれば、その地上に由布ライトが建築中であることもあつて、せいぜい金五〇〇〇万円程度以上のものではない)。

また、由布ライト完成までに必要とする残工事代金は約金一億五〇〇〇万円の見込である。

六一方、抗告人の負債をみるに、別件の前記同支部昭和五一年(フ)第一号破産事件の債権調査における届出債権総額は金一一億九七六三万四八六四円であり、内破産管財人及び破産債権者に異議なく確定した債権総額は金七億三三〇八万二一一九円であり、本件の同(フ)第二号破産事件の債権調査における届出債権額は金一二億五三七六万八四三七円であり、内破産管財人及び破産債権者に異議なく確定した債権総額は金三億〇五二三万三三九四円であるが、右(フ)第二号事件における確定債権額が右(フ)第一号事件におけるそれと比較して極端に少額であるのは、大口債権者である肥後相互銀行の届出債権合計金四億六二〇二万五一二四円につき、管財人において第三者が提供した担保物件からの弁済充当を配慮して之を否認した結果であつて、右債権の存在そのものは、管財人においても之を争う意思はない。

しかして、右各届出債権は肥後相互銀行の債権の一部を除き、現在尚支払未了の儘であり、将来の弁済の可能性についても、抗告人の希望的観測を別とすれば、客観的には全く予断を許さない状況にある。

七抗告人は、前記の手形不渡処分後においても、一部債権者に若干の弁済をした事実はあるが、右弁済は、以下に述べるところから明らかなとおり、抗告人がその債権者一般に対してした弁済と目すべき性質、程度のものではない。即ち、その実質的な支払人は抗告人というより、寧ろ抗告人代表者稲田富士年個人や同人により別件福岡地方裁判所大牟田支部昭和五一年(フ)第一号事件の破産宣告後設立された抗告人と同一業種の企業である株式会社日大技建や有限会社稲田組であり、受領債権者は、特定の大口債権者である肥後相互銀行を除けば、前記各破産事件において債権届出をした債権者は全く対象者とされておらず、例えば抗告人の支払猶予の強請等の画策に同調した債権者に限つて支払われており、支払の態様は、抗告人の現金支払というより多くは稲田富士年個人等抗告人以外の第三者名義による手形書替ないし債務引受により支払手段を更新したに止まるものであり、然も、稲田富士年個人の現金支払については、後記のとおり、抗告人会社の商業帳簿の整備が不充分であることもあつて、抗告人会社の経理から仮払金名下に億単位の金員が代表者の稲田富士年個人に流用された疑いがあり、従つて、右流用金から稲田富士年の意思により一部債権の弁済に充当された可能性もある。

また、大口債権者である肥後相互銀行に対する債務については、稲田富士年、株式会社日大技建及び稲田美智(稲田富士年の妻)は、昭和五二年二月二日、同銀行との間において長期分割による返済方法を合意し、昭和五二年九月現在、株式会社日大技建振出の手形決済により金一〇〇万円と不動産競売の配当により金三九五〇万八五六八円が支払済である。

然し乍ら、抗告人債務中右支払済金額は破産債務総額からすれば微々たる金額であつて、それ以上の支払を可能ならしめる社会的信用も資力も現段階においては極めて乏しい(稲田富士年個人はもとより株式会社日大技建、有限会社稲田組もその営業必ずしも順調ならず、抗告人の破産債務を完済するに充分な資力を有しない)。

八抗告人会社は、その実質において、代表者稲田富士年の個人会社である故もあつて、会社経理は稲田個人の経理といわゆるどんぶり勘定であり、商法上(税法上は別)の義務に反し、商業帳簿の作成保存をなさず、そのため破産債権者はもとより破産管人においても抗告人の正確な資産、負債を知りえない現状にある。

以上一ないし八認定の事実に基づき、抗告人主張の抗告理由について、順次検討を加える。

先ず、抗告人は、本件破産宣告決定における手続上の瑕疵を指摘し、該決定は破産申立書を抗告人に送達することなくなされており、右は破産法第一〇八条、民事訴訟法二二九条第一項に違反する重大な手続上の瑕疵といわなければならないから、該決定は取消を免れない旨主張する。

確かに、破産法第一〇八条は「破産手続ニ関シテハ本法ニ別段ノ定ナキトキハ民事訴訟法ヲ準用ス」と規定し、民事訴訟法第二二九条第一項は「訴状ハ之ヲ被告ニ送達スルコトヲ要ス」と定めているが、同時に破産法第一一〇条第一項によれば「破産手続ニ関スル裁判ハ口頭弁論ヲ経スシテ之ヲ為スコトヲ得」るものとされており、破産手続に関する裁判がいわゆる任意的口頭弁論によることが明規されている。

思うに、破産手続に関する裁判がいわゆる任意的口頭弁論によるとされた所以のものは、訴訟事件的性格と非訟事件的性格を併有する破産事件の特性に鑑み、事案の規模に応じて審理の簡易と迅速、証明の程度と難易、証拠方法の種類等を勘案することにより口頭弁論の要否を裁判所の裁量に委ねるが至当とされた結果であつて、裁判所において諸般の事情から破産当事者の攻撃、防禦方法をまつ迄もないと思料した場合においては、口頭弁論を開くことなく破産申立に対する決定をなしうるものである。

しかして、口頭弁論を開くことなく破産審理を進行する場合においては、破産申立書を被申立人に送達して破産申立の事実を告知し、その防禦を促すべき理由も必要も存しないと裁判所が思料した場合であることは至極当然の道理であつて、破産当事者が裁判所の右裁量に容喙する方法は現行破産法上認められていないと解すべきである。

右は之を要するに、破産手続上口頭弁論を開かない場合においては、被申立人に対する破産申立書の送達は必ずしも必要的ではないのであつて、その意味において民事訴訟法二二九条第一項の準用はないものと解すべきである。

してみれば、本件破産決定に際し、口頭弁論が開かれていないことは記録上明らかであるから、破産申立書不送達の事実を捉えて破産法第一〇八条、民事訴訟法第二二九条第一項に違反する重大な手続上の瑕疵ありとし、破産決定の取消を求める抗告人の主張は、それ自体失当であり、採用の限りでない。

また、抗告人は、本件破産宣告は抗告人に対する福岡地方裁判所大牟田支部昭和五一年(フ)第一号事件の破産宣告が即時抗告により取消された四日後になされており、その審理期間が異常に短かいことにより、抗告人に対し正当な防禦方法を尽させなかつた違法がある旨強調するが、右主張自体破産宣告の手続上の瑕疵を主張する内容のものとは認がたく失当であるし、他に記録を精査するも本件破産宣告の手続上の瑕疵を認むべき、なんら資料もない。

そこで次に、抗告人の破産原因の存否について判断する。

破産法上の破産原因たる支払不能を推定せしむる支払停止とは弁済資金の融通がつかないために、一般的、継続的に債務を弁済することができない旨を明示又は黙示的に表明する債務者の主観的な態度を指称するが、債務者振出の巨額の手形が不渡処分に付せられた場合においては、債務者は、その個人的な希望ないし決意は兎も角として、原則として、その後における債務の支払を一般的に停止する意思表示をしたものと解するのが相当である。けだし、現在の手形社会において、手形交換所から銀行取引停止処分に付せられるが如きは、信用を重んずべき商人にとつては致命的な打撃を被ることを意味し、何人もその防止対策に尽力するところであるから、巨額の手形不渡の事実は、特段の事情のない限り、該手形の振出人又は引受人においてその努力に拘らず資金の融通に窮した結果、その後における債務の支払を一般的に停止せざるをえない状態に陥つたと認めるほかはないからである。

しかして、一旦支払停止の状況が生じた後においては、若干の債権者に対し、一時的、散発的に多少の支払がなされたとしても、債権者の数と金額及び弁済の規模と態様を全体的に観察して、継続的、一般的に弁済能力を回復したと認められない限り、未だ支払停止の状態を解消したものとはいい難いのである。

之を本件についてみるに、前認定のとおり、抗告人において昭和五一年四月二五日合計金一億〇七四〇円に及ぶ第一回の手形不渡を発生させ、同年五月二五日合計金一億〇三〇〇万円の第二回手形不渡りを生ぜしめ、同月二八日大牟田手形交換所から銀行取引停止処分を受けた時点において、支払停止の状態が生じたと認めるのが相当であり、右時点後における抗告人の弁済が、その金額、態様において支払停止の状態を解消するに足るものとは到底認めがたいことは、前認定の事実、殊に、本件福岡地方裁判所大牟田支部昭和五一年(フ)第二号破産申立事件における届出債権額である金一二億五三七六万八四三七円の大部分が現在尚支払未了である事実に徴し、疑う余地がないのである。

抗告人はその手形不渡の事実に拘らず支払停止の状態にはない旨主張し、その根拠として、一つには手形不渡前に殆どの債権者から支払猶予を得たこと、二つには不渡後も支払を継続したことを挙げるが、前者については、手形不渡前一部債権者から債権の一部について支払猶予を得たとしても、前示のとおり合計金二億一〇四〇万円の手形呈示があり、右呈示に基づいて不渡が生じた事実に徴すれば、その金額の多額であることと相まつて、呈示前における一部債権者の支払猶予の事実をもつて支払停止状態になかつたことの根拠とする主張は、それ自体失当たるを免れない上、記録によれば、抗告人主張の支払猶予期限は、昭和五一年一一月一五日であるところ、破産原因の存否は抗告審にあつてはその裁判時を基準として決定されることを必要とすると解すべきであるから、現時点においては右主張自体失当であることに変りはないし(大口債権者の肥後相互銀行が、その届出債権額金四億六二〇二万五一二四円について、昭和五二年二月二日、株式会社日大技建、稲田富士年、稲田美智の間において昭和五二年八月二五日から昭和六〇年四月二五日までの長期分割弁済の合意をなし、期限の猶予を与えたことは前示のとおりであるけれども、他の大口債権について期限の猶予の存在を認めることができない以上、同銀行の右猶予の事実をもつて支払停止状態の解消を認めることはできない)、後者については、不渡後における抗告人会社の弁済の事実は、微々たる金額であり且つ極く一部の債権者に対する、一時的な支払にすぎないものであつて、一般的、継続的に弁済能力の回復ありとして支払停止状態を解消するに足るものとは到底認めがたい性質、程度のものであり、また、弁済者も多くは抗告人以外の株式会社日大技建、有限会社稲田組或は稲田富士年個人であるところからすれば、右第三者の弁済は、抗告人に対し、法律上当然の求償債権を取得する点において、抗告人そのものの支払と同視することはできないのであつて、所詮当該弁済を目して抗告人会社が支払停止状態にないことの証左となしうべきではない。

ところで、抗告人は、仮に支払停止の事実ありとしても、抗告人には充分の支払能力があるから破産原因たる支払不能の事実はない旨主張し、抗告人所有の由布ライトの工事完成による売却が許されれば早期全額弁済が可能であるから、抗告人は充分の支払能力を有しているというべきに拘らず、本件破産宣告による工事中止のため弁済ができないのであるから、先ず破産宣告の取消が先決である旨縷々強調する。

確かに、前示認定の抗告人に関する、手形不渡りから二回に及ぶ破産宣告前後の経緯に徴すれば、昭和五一年九月一日の別件破産宣告による工事中止がなければ、計金一億五〇〇〇万円に及ぶ工事続行費用の調達方については疑問があるものの、曲りなりにも工事は続行され、由布ライトは完成し、より有利な条件による売却可能性、引いては抗告人の債務弁済能力は、未完成の状態と比較して飛躍的に高まりえたであろうことを一応推測できるという意味においては、昭和五一年九月一日の別件破産宣告及び昭和五二年四月二日の本件破産宣告が由布ライトの売却可能性及び抗告人の支払能力を消極的に牽制する結果をもたらしたことは否定できない。

然し乍ら、現在まで由布ライトの売却を不可能にさせた最大の原因は、先ず第一にその注文者である財団法人東尋坊福祉事業団の債務不履行そのものであることを忘れてはならないのみならず、仮に破産宣告がないとしても、完成までの工事続行費用金一億五〇〇〇万円の調達の可否はもとより、完成後において抗告人主張のような高額代金による早期売却の可能性については、大いに疑問があることを考えると、破産宣告の取消は、即、由布ライトの完成、換金及び抗告人の支払能力の回復に繋がる旨の抗告人の右主張は、いささか的外れないしは手前勝手で楽観的に過ぎるといわざるをえないのであつて、当裁判所の遽かに同調しがたいところである。

思うに、破産法上の破産原因である支払不能とは、支払手段の欠乏により、(一)金銭債務としての弁済ができず、(二)現に履行期にある債務につき、一般的な即時払ができず、且つ、(三)之が継続的、客観的である状態を指称するものと解すべきであり、この観点から本件をみれば、(一)抗告人の殆ど唯一の資産である由布ライトは、前示のとおりの事情から明らかなとおり、抗告人主張の条件では相当に換金困難であるところからすれば、抗告人は金銭債務としての弁済手段を直ちには有しないものと認めるべきが常識的であるし、(二)肥後相互銀行の金四億六二〇二万五一二四円を除けば、金七億九一七四万三三一三円の本件届出債権(内、管財人及債権者に異議なく確立した債権は金三億〇五二三万三三九四円)は現に履行期が到来しているに拘らず、尚一般的に支払未了の儘で放置されている状態であり、且つ、(三)右状態は、債務額、債務の性質と規模、由布ライト換金の能否等諸般の事情を総合的に考察すれば、現段階においては、単なる一時的な手許不如意の場合と異り、相当継続的且つ客観的な状態と認める外はないのである。

以上(一)ないし(三)は、寧ろ、抗告人が既に破産法上支払能力なく、支払不能の状況にあることを意味するものと認めるのが相当である。

また、抗告人の信用については、手形不渡り後、抗告人代表者稲田富士年が設立した同種企業の株式会社日大技建、有限会社稲田組又は稲田富士年個人において、抗告人の若干の債務を引受け、支払つたり、手形を振出したりした事実のあることは前示のとおりであるが、之とても弁済の金額、態様及び抗告人と弁済者の関係等からして、抗告人の支払能力の存在を担保するに足る社会的信用あるものと認めることができるものではなく、更にまた、由布ライトの工事続行(特にその資金調達)に関連して、抗告人と同種企業である右日大技建等が、若干の技術的能力或は企業上の信用をもつて抗告人に協力するとしても、之をもつて由布ライトの売却可能性及び抗告人の支払能力の存在についての前示認定、判断を覆えして、抗告人が支払能力を有することは認めしめる証左となすことはできない。

他に、本件記録を精査するも、抗告人が支払不能の状態にないことを窺わしめる資料は存しない。

してみれば、抗告人には支払不能の破産原因があると認める外ないから、債務超過の点につき判断するまでもなく、抗告人を破産者とする旨の宣告をした原決定は相当であり、本件抗告は理由がないから、之を棄却すべく、主文のとおり決定する。

(高石博良 鍋山健 原田和徳)

別紙<省略>

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